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非定常運転はなぜ危険か|スタートアップ・シャットダウンの安全設計と運転準備レビュー

※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

プラントが安定して回っているとき、事故はあまり起きません。事故が集中するのは止めるとき、動かすとき、そして触るときです。

当ブログで解説した事故を並べても、それは明らかです。パイパー・アルファは整備中のポンプを誤起動したことから始まり、三井化学岩国大竹は緊急停止後の冷却操作中に起き、デンカ青海は配管の切断作業中に起きました。室蘭の熱風炉倒壊も、再稼働に向けた過程での事故です。

この記事では、非定常作業がなぜ危険なのかを構造的に整理し、立ち上げ前に何を確認すべきか(運転準備レビュー)、そして設計で何ができるかまでを解説します。

この記事の結論

  • 事故の頻度は、スタートアップなどプロセスの過渡期に高くなることが知られている
  • 非定常が危険なのは「防護層が意図的に外れている状態」で作業するから
  • 運転準備レビューはあらゆるシャットダウン状態からのスタートアップを対象にすべき
  • 個々の機器を確認しても、設備全体が稼働準備できているかを見る総合的な手順がないと漏れる
  • 運転の長期化により、非定常作業の経験そのものが減っているという構造問題がある

1. 事故は「過渡期」に集中する

CCPSは、運転準備の説明のなかでこう述べています。

事故の頻度はスタートアップなどプロセスの過渡期に高くなることが知られている。これらの事故は、安全運転のために設定されたプロセス条件から外れた際に起きていることが多い。

後半の一文が本質です。定常運転中、プロセスは設計者が想定した条件の内側にいます。ところが起動・停止の途中では、温度も圧力も組成も、設計が想定した「点」ではなく「経路」を通ります

その経路の途中には、定常運転では通らない領域が含まれます。たとえば、空気が残った状態で可燃性ガスを入れれば、混合気は必ず爆発範囲を通過します。定常運転では組成が爆発範囲の外にあっても、立ち上げの途中では中を横切るのです。

2. 非定常作業とは何か ― 範囲を定義する

「非定常」を漠然と捉えていると管理できません。CCPSは「安全な作業の実行」という要素のなかで、対象となる業務を明確にリスト化しています。

分類対象となる作業
一般ハザードの管理/危険環境から人を守るロックアウト・タグアウト(LOTO)とエネルギーに関するハザード管理/ラインブレーク・プロセス機器の開放/閉所立入作業/火気使用工事の承認/許可者以外のプロセスエリアへの立入/配管や機器のホットタッピング
壊滅的な二次災害を防ぐプロセスエリア内または近傍での掘削/プロセスエリアでの車両運転/プロセス機器の上部での吊り上げ作業/建設重機の使用
特別なハザードの管理爆薬・ブラストを使用する作業/電離放射線の使用(プロセス機器のX線撮影など)
無許可で安全システムを無効にすることの防止防火システムの無効化/安全装置の一時的な分離インターロックの一時的バイパスまたはジャンパー線の取り付け

ここで注目したいのが最後の分類です。インターロックの一時的バイパスは、非定常作業として正式に管理される対象だとCCPSは位置づけています。「ちょっと外すだけ」という扱いではありません。

また、運転手順書で扱う作業と非定常作業の線引きも示されています。たとえばタンク貨車からの荷下ろしのための配管連結・解除は運転手順書で扱われますが、圧力伝送器の結線の取り外しは非定常作業とみなされます。この線引きを職場で明文化しておくことが第一歩です。

3. なぜ非定常は危険なのか ― 5つの理由

理由を分解すると、対策の打ち所が見えてきます。

理由1:防護層が意図的に外れている

これが最大の理由です。LOTOで電源を切り、盲板を入れ、インターロックをバイパスし、安全弁を隔離する。非定常作業とは、防護層を自分の手で外していく作業にほかなりません。

多重防護の観点で言えば、平常時は8層あった防護が、作業中は3層しか残っていない、という状態が普通に発生します。

理由2:運転条件が「経路」を通る

前章のとおりです。爆発範囲の通過、低温域の通過、真空の発生。定常運転の設計条件だけを見ていても、この危険は見つかりません。

理由3:手順が長く、順序に依存する

定常運転の操作は「監視して微調整する」ですが、起動・停止は数十から数百の操作を、決められた順序で行う作業です。順序を1つ入れ替えただけで結果が変わります。しかも途中で中断や手戻りが起きます。

理由4:普段やらない作業をする

年に1回、あるいは数年に1回しかやらない操作を、記憶と手順書を頼りに行います。習熟の機会が構造的に不足しています(この点は§7で詳述します)。

理由5:複数部門が同時に動く

運転・保全・工事・協力会社が同じ現場で並行して作業します。誰かの作業が、別の誰かの前提を崩す。パイパー・アルファは、整備中で安全弁が外されたポンプの情報が交代した運転員に伝わらず、そのポンプが起動されたことで始まりました。

4. 運転準備レビュー ― 立ち上げる前に確認する

RBPSでは「運転準備」が独立した要素として置かれています。もともとは新規プロセスや変更されたプロセスがスタートアップしても安全かを確認する活動で、運転前の安全レビュー(PSSR:Pre-Startup Safety Review)と呼ばれてきました。

ただしRBPSでは、その範囲を明確に広げています。

「運転準備」は、あらゆるシャットダウンの状態からスタートアップすることを対象とすべきである。新規のプロセスや変更されたプロセスだけではなく、開放・検査・修理等の後の機器やプロセスのスタートアップや再スタートも対象としている。

つまり停止した理由は問いません。メンテナンス、検査、修繕、長期の不使用、製品需要の不足という経営上の理由、さらには接近中の暴風に備えた予防的なシャットダウンまで、すべて対象です。規模も、比較的小規模なメンテナンス作業から数週間を要する定期修理まで適用されます。

確認すべき5項目

  • プロセスの構成と機器が設計仕様どおりであること
  • 安全・運転・保守および緊急時の適切な処理手続きが用意されていること
  • 運転停止中に切られた可能性のある安全対策が、機能を復帰して可動状態であること
  • すべてのセンサー・計器・バルブがリセットされて適切な状態になっていること
  • プロセスに関わる可能性のあるすべての作業員の訓練が完了していること

加えて、新規プロセスなら適切なリスク分析が実施されすべての勧告が解決・実施されていること、変更されたプロセスなら変更管理(MOC)のレビューを受けていることが条件になります。

そして変更のない短時間のシャットダウン後のスタートアップを含むすべてのケースで、機器の配置、漏洩に対する気密性、スタートアップの準備が整っていない他システムとの適切な切り離し、清掃済みであることを検査します。

レビューの重さは変えてよい

すべてを重厚にやると制度が回りません。CCPSは規模に応じた運用を認めています。

規模レビューの実施形態
簡単な場合一人でプロセス内を歩いて、何も変更されておらず機器の運転準備ができていることを確かめるだけでもよい
複雑な場合エンジニア・運転員・保全員が数週間から数か月にわたり、設計意図との整合性、施工の出来栄え、手続きの完了、訓練の十分さを検証する
スタートアップ許可一般に、広範なチェックリスト、幾度も繰り返す実地検証、複数部門からの承認が必要になる

5. 見落としの実例 ― 6か月後に火災になった熱交換器

CCPSが挙げる事例が、非常に示唆に富んでいます。手続きは何も間違っていないのに事故が起きたケースです。

ある製油所の設備で、複数の機器について広範なLOTOを要する大規模な定期修理が行われた。LOTOも、最初のライン遮断も、安全に関するその他すべての措置も正しく行われていた。

この設備の特殊な事情は、プロセス境界内のいくつかの機器が、供給原料が変わった場合や追加の加熱・冷却が必要になったときに限り、時折運転されていたことである。

すべてのスタートアップ前チェックは正規のチェックリストに従って行われ、設備は順調に再スタートした。

ところが6か月後、時折使用していた熱交換器の1基を稼働させた際に、引火性ガスの大規模な漏れが発生。火災となり、大規模な設備停止と機器の損傷を引き起こした。

原因はこうでした。

この熱交換器は、すぐに使用する予定がなかったため、大規模定期修理の一部としてのスタート前チェックから漏れていた。個々のプロセスではスタート前チェックを行っていたが、設備全体が稼働準備できていることを確認する「総合的な運転準備の手順」が確立されていなかったのです。

この事例の怖さは、誰も手順を破っていないことにあります。チェックリストは守られた。ただし、チェックリストの対象範囲に穴があった。

自分の職場に当てはめてみてください。「今回は使わないから」という理由でスタート前チェックの対象外にした機器は、ありませんか。そしてそれは、次に使うときに誰が確認するのでしょうか。

6. 設計でできること

非定常の安全は運用の話だと思われがちですが、設計で効かせられる部分がかなりあります。

設計上の手当て効果
起動シーケンスのインターロック化ボイラの点火シーケンスのように、「前の条件が確認できないと次に進めない」構造にする。急いでいる人間の「たぶん大丈夫」を受け付けない
パージ・不活性化の設計窒素パージの接続口、パージ量の確保、酸素濃度計の設置。爆発範囲を通過させないための設備を最初から用意する
隔離設計盲板挿入位置の確保、二重遮断とベント(ダブルブロック&ブリード)。LOTOを確実にできる配管にしておく
脱圧・脱液の設計脱圧区間の明確化、ドレン抜きの位置。「抜けない場所」を作らない
フェイルセーフの向き非定常時こそ、計装空気や電源が不安定になる。喪失時にどちらへ動くかが効いてくる

いずれも、定常運転の性能には一切寄与しない設備です。だからこそ設計段階で削られやすく、運転開始後に「抜けない」「切り離せない」「パージできない」という形で表面化します。

7. 経験が減っているという構造問題

もうひとつ、日本の現場に固有の問題があります。『実践・安全工学シリーズ3』が指摘しています。

通常運転時の技術・技能の習得は現場のOJTで時間をかけて習得していくことができる。しかし化学工場では、運転の長期化などにより、プラントを止めたり動かしたりするときに行う、いわゆる「非定常作業」の経験が少なくなってきている。

連続運転期間が延びるのは、設備信頼性が上がった証拠です。生産性の面では望ましい。しかしその裏側で、起動・停止を経験する回数が構造的に減っています。10年前なら入社3年で数回経験できたことが、いまは10年勤めても数回、ということが起こります。

一次資料が紹介する対策は、体験型の訓練です。技術研修センターに屋外の訓練プラントを持ち、プラントが停止したときに行う脱圧や脱液作業のコツと注意点を、体験を組み合わせながら学ばせる。

自社に訓練プラントがなくても、できることはあります。定修のたびに、若手を「見学」ではなく「担当」として関与させること。そして、ベテランが非定常時に何を見ているかを言語化して手順書に残すことです。これは安全文化の8要素でいう「学習伝承」そのものです。

8. 現場でやりがちな失敗

失敗1:「短時間の停止だから」と運転準備レビューを省く

RBPSは「変更のない短時間のシャットダウン後のスタートアップを含む」と明記しています。短いほど省きたくなりますが、短時間の停止こそ「何も変わっていないはず」という思い込みが働きます。

失敗2:機器単位で確認し、設備全体を見ていない

§5の熱交換器の例そのものです。個別のチェックリストがあることと、全体が漏れなくカバーされていることは別です。「今回チェックしなかった機器の一覧」を作ってみると、穴が見えます。

失敗3:解除した安全装置の復旧リストがない

バイパスしたインターロック、隔離した安全弁、外した盲板、切った電源。外したものを一覧で管理していなければ、戻し忘れはいずれ起こります。運転準備レビューの5項目に「運転停止中に切られた可能性のある安全対策が機能を復帰しているか」が入っているのは、このためです。

失敗4:非定常手順がベテランの頭の中にある

手順書はあるが、実際には「あの人がいないと立ち上げられない」という状態。その人が退職した瞬間、プラントは立ち上げ方を失います。非定常こそ、暗黙知が集中している領域です。

まとめ

  • 事故は過渡期に集中する。設定されたプロセス条件から外れた際に起きることが多い
  • 非定常が危険な理由は5つ。最大のものは防護層を自分の手で外しながら作業すること
  • 運転準備レビューはあらゆるシャットダウンからのスタートアップが対象。停止理由も期間も問わない
  • 確認は機器単位ではなく設備全体で。「今回は使わないから」が6か月後の火災になる
  • パージ・隔離・脱圧の設備は定常運転の性能に寄与しないため設計で削られやすい。だからこそ設計段階で確保する
  • 非定常作業の経験は構造的に減っている。体験型訓練と、暗黙知の言語化で埋めるしかない

プラントが動いている間、私たちは設計者が想定した世界の中にいます。止めて、開けて、また動かすとき、その世界の外に出ます。非定常運転の安全とは、その外側にも手すりを用意しておくことです。

このカテゴリの全体像は、まとめ記事で解説しています。

参考文献

  • Center for Chemical Process Safety / AIChE 著、化学工学会 SCE・Net 安全研究会 訳『若い技術者のためのプロセス安全入門』丸善出版、2018年、2.10節「安全な作業の実行」pp.27-29(表2.5)、2.15節「運転準備」pp.36-38 Amazonで見る
  • 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ3「安全マネジメントの基礎」』化学工業日報社、2013年、第2章「プラントの安全管理と教育訓練」 Amazonで見る
  • 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ2「プロセス安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、第3章「プロセス安全設計の基礎」 Amazonで見る