はじめに:そのグラフは「取扱説明書」以上の意味がある
ポンプ室や事務所の棚にある「性能曲線図(Performance Curve)」。
ただの納入時の記念品や、設計者だけが見るカタログだと思っていませんか?
実は、この曲線はポンプの「健康診断書」であり、同時に「寿命の契約書」でもあります。
現場で「軸受がすぐ壊れる」「メカニカルシールが頻繁に漏れる」というトラブルが起きたとき、その原因の多くは部品の不良ではありません。ポンプが「性能曲線の『どこ』で運転されているか」に問題があるのです。
この記事では、単なるグラフの読み方だけでなく、信頼性工学の観点から「なぜバルブを絞りすぎるとポンプが自壊するのか?」というメカニズムを解き明かします。これを読めば、明日からのバルブ操作の「重み」が変わるはずです。
1. 基本編:3つの曲線を解読せよ

まずは基本となる3本の線を翻訳します。グラフには通常、以下の要素が描かれています。
① 全揚程曲線(Q-H Curve):ポンプの実力
- 形: 右肩下がりの曲線。
- 意味: 「流量(Q)」を出せば出すほど、押し上げる力である「揚程(H)」は下がります。
- 現場感覚: これはポンプの「能力の限界」を示しています。運転中、ポンプはこの線の上でしか仕事ができません。
② 軸動力曲線(Power / kW):消費カロリー
- 形: (うず巻ポンプの場合)右肩上がりの曲線。
- 意味: 水を運ぶために必要なエネルギー量です。
- 現場感覚: たくさん流すほど電気を食います。逆に言えば、バルブを閉め切って流量をゼロにした時(締切運転)が、最も始動負荷が軽くなります。
③ 効率曲線(Efficiency / $\eta$):燃費
- 形: 山なりの曲線。
- 意味: 投入した電気がどれだけ水のエネルギーに変わったかの割合。
- 現場感覚: 頂点となる「最高効率点(BEP: Best Efficiency Point)」が、ポンプにとって最も快適な運転ポイントです。ここから外れるほど、無駄になったエネルギーは「熱」や「振動」という破壊的な力に変わります。
2. 応用編:「運転点」は生き物である

「ポンプを買ってきたら、カタログの定格点で動く」と思っていませんか? それは間違いです。
ポンプが実際にどの流量で動くかは、相手(配管システム)との「綱引き」で決まります。
システム抵抗曲線(System Head Curve)
配管に水を流すと、摩擦抵抗が発生します。この抵抗は、流量が増えるほど(流速の2乗で)急激に大きくなります。これをグラフにすると、左下から右上へ伸びる二次曲線になります。
運転点(Operating Point)
ポンプの「出せる力(Q-Hカーブ)」と、配管の「邪魔する力(システム抵抗曲線)」がぶつかった交点。ここが実際の「運転点」です。
- バルブを絞ると?
- 抵抗が増えるので、システム曲線が急勾配になります。交点(運転点)は左上(小流量・高揚程)へ移動します。
- インバータで回転数を下げると?
- ポンプ能力(Q-Hカーブ)自体が下に下がります。交点は左下(小流量・低揚程)へ移動します。
🎛️ 運転点シミュレーター
抵抗曲線の傾きが変わります。
性能曲線自体が上下します。
3. 【最重要】なぜ「BEP(最高効率点)」から外れてはいけないのか?

ここからが本題です。
多くのエンジニアは「BEPから外れると効率が落ちる(電気代の無駄)」と考えますが、現場のリスクはそれだけではありません。
信頼性工学の世界には「Barringer-Nelson曲線(バリンジャー・ネルソン曲線)」という有名な法則があります。これは、「BEPから離れれば離れるほど、ポンプの故障率は幾何級数的に跳ね上がる」という事実を示した「バスタブ曲線」です。
なぜ故障するのか? 見えない「暴力」が働いているからです。
暴力の正体:ラジアルスラスト(軸を曲げる力)
ポンプのケーシング(渦巻室)は、BEPの流量で圧力が均一になるように設計されています。
もし、バルブを絞って低流量で運転するとどうなるか?
ケーシング内の圧力バランスが崩れ、インペラを特定の方向へ強く押し付ける巨大な力が発生します。これが「ラジアルスラスト」です。
悲劇の連鎖:軸たわみ → シール破損
この力はシャフトを「弓」のように曲げます(軸たわみ)。
メカニカルシールは非常に繊細で、許容される軸の振れはわずか0.05mm程度。ラジアルスラストによって軸がたわむと、回転環が傾き、シール面が開いて漏れたり、片当たりして割れたりします。
【現場の教訓】
ポンプが壊れるのは「寿命」ではありません。BEPから外れた運転によって、「シャフトを曲げながら回している」から壊れるのです。
4. 実践編:バルブ操作の「限界」を知る(MCSFとMCTF)

運転員からよくある質問に「このバルブ、どこまで絞っていいですか?」というものがあります。
答えは一つではありません。2つの限界が存在します。
① 熱的限界(MCTF):お湯が沸く限界
- 定義: 流量が少なすぎると、摩擦熱を液が持ち去れず、ケーシング内で温度が急上昇する限界。
- 現象: 締切運転(流量ゼロ)を続けると、数分〜数十分で内部の液が沸騰し、シールがドライ運転で焼損します。
- 目安: 温度上昇を10℃程度に抑える流量。
② 機械的限界(MCSF):振動で壊れる限界
- 定義: 「最小連続安定流量」と呼ばれます。内部での流体剥離や再循環(渦)が発生し、振動が許容値を超える限界です。
- 現象: 「ガラガラ」「バラバラ」という、まるで砂利を汲み上げているような異音(キャビテーションに似ているが違う音)がします。
- 注意点: 通常、MCSF(振動限界)はMCTF(熱限界)よりも高い流量になります。「熱くなっていないから大丈夫」と思って絞り続けると、振動でベアリングやシールが先に壊れます。
5. 省エネ編:インバータ(VFD)の「落とし穴」

「バルブを絞ると軸が曲がるなら、インバータで回転数を下げればいいじゃないか!」
その通りです。インバータ制御は省エネかつ機械に優しい優れた方法です。しかし、一つだけ致命的な落とし穴があります。
実揚程(Static Head)の壁
ポンプの回転数を下げると、出せる圧力(揚程)は回転数の2乗で下がります(比例法則)。
一方、タンクの高低差などの「実揚程」は、回転数を下げても変わりません。
もし、回転数を下げすぎて「ポンプの最大圧力 < 実揚程」となってしまったら?
ポンプは回っているのに、水は一滴も出ません(デッドヘッド状態)。流量ゼロのままエネルギーだけが消費され、あっという間に過熱・破損します。
【対策】
インバータを導入する際は、必ず「最低周波数(Minimum Speed)」を設定し、実揚程に負けない回転数を確保してください。
6. トラブル診断:現場でできる「締切揚程テスト」

最後に、性能曲線を使ったプロの診断テクニックを紹介します。ポンプを開放せずに、内部の「ウェアリング」の摩耗具合を調べる方法です。
手順
- 安全を確認し、短時間だけ吐出弁を全閉にする(締切運転)。
- 吸込圧力と吐出圧力を読み、揚程(差圧)を計算する。
- その値を、新品時の性能曲線(または工場試験データ)の「流量0」の時の揚程と比較する。
判定
もし、実測値が新品時より5%〜7%以上低下していたら、ウェアリングの隙間が摩耗して広がっている証拠です。
隙間から液が漏れて「空回り」しているため、圧力が上がらなくなっているのです。この状態では効率もガタ落ちしており、オーバーホールの時期と判断できます。
簡易診断:ポンプ締切圧力チェック
吐出弁を全閉にした状態(流量0)での圧力を入力してください。
ボタンを押してください
まとめ:グラフの中に「現場」がある

性能曲線(Q-Hカーブ)は、現場の運転状態を映す鏡です。
- 右に行き過ぎれば(過大流量):キャビテーションと過負荷のリスク。
- 左に行き過ぎれば(過小流量):ラジアルスラストによる軸たわみ、振動、発熱のリスク。
「中庸」こそが機械長持ちの秘訣です。
推奨運転範囲(BEPの80〜110%)を意識して、ポンプという「精密機械」を労ってあげてください。
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