【週刊プラントニュース 2025/12/21号】日米韓で加速する石化再編の波/グリーンコンビナートへの質的転換

今週は、日・米・韓の主要プレイヤーが、過剰設備とコモディティ市況の低迷を受け、かつてない規模での「構造改革」と「撤退戦」を決断した1週間となりました 。


1. 国内石化の歴史的転換点:千葉地区エチレン装置の集約

  • 発表日: 2025年12月19日 
  • 概要: 出光興産と三井化学は、千葉地区におけるエチレン装置の集約について最終合意しました 。2027年7月を目処に出光の装置(年産37万トン)を停止し、三井化学市原工場(年産55万トン)へ一本化します 。
  • ソース: 出光興産プレスリリース / 三井化学プレスリリース

単なるコスト削減ではなく、余剰土地を「ケミカルリサイクル」や「SAF製造拠点」へ転換する「グリーンコンビナート」への布石である点が重要です 。エンジニア視点では、既存インフラの転用(リパーパス)におけるプロセス設計の難易度や、老朽化設備の安全なデコミッショニング(廃止措置)の知見が今後さらに求められるでしょう。


2. 韓国石化の苦境:政府主導の大規模設備廃棄

  • 発表日: 2025年12月19日 
  • 概要: 中国の自給率向上による輸出不振を受け、LG化学が麗水(ヨス)の第1 NCC(年産120万トン)の閉鎖を検討し、YNCC(Yeochun NCC)も第3工場の恒久停止を計画しています 。
  • ソース: Chosun Biz / Korea JoongAng Daily

LG化学の検討している120万トンの停止は、単一設備としては世界最大級の規模です 。汎用品(コモディティ)からスペシャリティへのシフトが遅れた代償は大きく、装置の大型化による「規模の経済」だけでは生き残れない時代の到来を痛感させられます。


3. 北米での撤退戦:Westlake Corporationによる大規模閉鎖

  • 発表日: 2025年12月16日・17日 
  • 概要: 米Westlake Corporationが、PVC(塩ビ)、VCM(モノマー)、スチレンモノマーなどの複数プラント閉鎖を発表しました 。レイクチャールズでは、エネルギー効率の悪い旧式の「ダイアフラム法(隔膜法)」塩素・苛性ソーダ設備も廃棄対象となります 。
  • ソース: GC Intelligence / Indian Chemical News

シェールガスの恩恵を受けていた北米ですら、住宅市場の低迷(PVC需要減)と設備老朽化には抗えなかったという事実は衝撃的です 。技術的には、ダイアフラム法からイオン交換膜法などへのリソース集中という、技術選別の動きが鮮明になっています 。


4. 機能性材料への攻め:日本ゼオンの超広幅フィルム投資

  • 発表日: 2025年12月15日 
  • 概要: 日本ゼオンは、富山県氷見二上工場にて、大型テレビ向け光学フィルムの新ラインを起工しました 。世界最大級の幅3,000mmフィルムを製造可能とし、2027年夏の量産開始を目指します 。
  • ソース: 日本ゼオン ニュースリリース

3,000mmという広幅を実現する精密塗工技術や、独自ポリマー(COP)の寸法安定性は、日本の化学メーカーが守るべき「聖域」です 。大型液晶パネル(第10.5世代)への対応という、明確な市場ニーズに合わせた設備投資の好例と言えます 。


5. 脱炭素への移行:アンモニア・SAF・CCSの進展

  • 主な動向:
    • 三井物産: 米国産低炭素アンモニア供給プロジェクトが政府の「値差支援」対象に認定(12月19日) 。 ソース
    • 住友商事: 豪州での非可食植物「ポンガミア」によるSAF原料確保の実証(12月16日) 。 ソース
    • 川崎汽船: 商用CCSプロジェクト向け液化CO2輸送船3隻を配備完了(12月18日) 。 ソース

水素社会推進法に基づく「値差支援」により、高コストな低炭素アンモニアが「実ビジネス」へ移行しました 。発電所やセメントキルンでの混焼利用が進む中、化学プラントエンジニアには、既存設備での燃焼制御や腐食対策といった技術課題の解決が期待されています 。


6. 地政学的リスクと保安:攻撃の標的となるプラント

  • 主な動向:
    • ロシア: 世界最大級のアンモニアプラント「トグリヤッチ・アゾット」などへドローン攻撃(12月19日夜) 。 ソース
    • ウズベキスタン: Navoiyazot化学工場での爆発事故(12月) 。 ソース
    • 国内保安: 水島コンビナート重油流出事故から50年(12月18日) 。 ソース

2025年12月第3週の総括:エンジニアに求められる「代謝」への適応

今週のニュースを総括すると、化学産業は明確に**「選別と集中」**のフェーズに入ったと言えます 。かつてのような「設備の維持・拡大」が正義だった時代から、不採算な汎用設備を勇気を持って切り離し、次世代の「質」と「環境」にリソースを振り向ける時代への歴史的転換点です 

エンジニアが注目すべき重要な視点は以下の3点です。

  • 構造改革という名の「代謝」: 日本の千葉地区や米国のWestlakeで見られる大規模な集約・閉鎖は、決してネガティブな撤退ではありません 。これは残存者利益を確保し、脱炭素投資への原資を捻出するための「必要な代謝」です 。
  • 技術的優位性の再定義: 日本ゼオンの超広幅フィルムや三井物産のアンモニア事業のように、独自のプロセス技術や脱炭素という社会的要請に合致した分野には、巨額の資金が投じられています 。
  • リスクへの即応力: ロシアのアンモニアプラントへの攻撃や中央アジアの事故は、物理的供給リスクが依然として高いレベルにあることを示しました 。

2026年に向けて、これらの構造改革がどのような速度で実行され、企業のポートフォリオがどう「質的転換」を果たすかが焦点となります 。私たち現場を支えるエンジニアも、既存設備の安定運転という枠を超え、設備の廃止措置(デコミッショニング)やグリーン転換といった「産業構造の変化」を技術で支える覚悟が求められています。