日本企業におけるリスクに基づくプロセス安全(RBPS)の実践事例

― 公式資料から読む「安全文化」と「リスクマネジメント」の現在地 ―

RBPS(Risk Based Process Safety:リスクに基づくプロセス安全)は、**「重大事故リスクを見える化し、リスクの大きさに応じて対策と資源配分を最適化する」**考え方です。

世界的にはCCPS(Center for Chemical Process Safety)が提唱する4本柱・20要素のフレームワークとして知られていますが、日本企業もこの考え方を取り入れながら、安全マネジメントの高度化を進めています。

本記事では、日本の主要企業が公開している公式資料・技術レポート・サステナビリティレポートのみを情報源とし、各社がどのようにRBPS的な取り組みを実践しているかを整理します。

1. 三菱ケミカルグループ

「目標・指標・リスクアセスメントを柱にしたプロセス安全管理」

公開情報

主な取り組みの特徴

三菱ケミカルグループでは、レスポンシブル・ケア方針のもと、「重大事故ゼロ」を目標にした保安防災活動を展開しています。

その中核となるのが、以下のようなRBPS的アプローチです。

  • プロセスごとのリスクアセスメント(危険源の洗い出し→頻度・影響評価→対策検討)
  • プロセス安全指標(事故件数、ヒヤリ・ハット、設備トラブルなど)の継続的モニタリング
  • 監査・パトロール・安全対話などによる安全文化の醸成

経産省に提出されている資料では、リスクアセスメントの手順や評価フローが図解されており、RBPSの「Understand Hazards and Risks」「Manage Risk」に相当する取り組みが明確に示されています。

2. 旭化成

「老朽化対策・保安防災・教育を統合したリスクベース管理」

公開情報

主な取り組みの特徴

旭化成は、「保安防災」「労働安全衛生」「製品安全」を3本柱とした安全活動を展開し、その中にリスクアセスメントと設備老朽化対策を組み込んでいます。

代表的なポイントは次のとおりです。

  • 高圧ガス・危険物設備などを対象としたリスクアセスメントの実施
  • 設備の高経年化に対して、 劣化モード別の点検・更新 を計画的に実施
  • 自主保安認定や外部評価を通じた保安レベルの確認
  • 重大事故・トラブル情報の水平展開と教育への反映

サステナビリティレポートでは、重大事故件数やリスク低減活動の実績を定量的な指標として開示しており、RBPSにおける「指標(Metrics)」の考え方が実務に落とし込まれていることが読み取れます。

3. 東ソー(TOSOH)

「安全の基本動作・リスクアセスメント・スマート保安の三位一体」

公開情報

主な取り組みの特徴

東ソーは、「安全の基本動作の徹底」「リスクアセスメントの高度化」「スマート保安」「工事体制の強化」など、

複数の施策を束ねた保安活動を展開しています。

特に注目されるのは次の点です。

  • 作業行動レベルでの「安全の基本動作」(指差呼称、KY、TBMなど)の標準化
  • プロセスリスクアセスメントの高度化(シナリオベース評価、定期的な見直し)
  • センサー・IoTを活用した「スマート保安」による予兆検知・状態監視
  • 工事・定修時の安全管理強化(協力会社を含むリスク評価と教育)

レポートでは、事故・トラブル件数の推移と具体的な再発防止策がセットで開示されており、RBPSの「Learn from Experience」を組織的に回していることが分かります。

4. ENEOS(旧 JXTGエネルギー)

「テクニカルレビューで公開された“RBPSの考え方と実装”」

公開情報

主な取り組みの特徴

ENEOS(旧JXTG)は、自社テクニカルレビュー誌の中で、“リスクベースド・プロセスセーフティ”という名称でRBPSの考え方と実践内容を公開しています。

主な内容は以下の通りです。

  • 「絶対安全」から「リスクベース」へのパラダイムシフトの必要性
  • プロセスリスクマトリクスを用いたリスクレベルの統一的評価
  • 定常運転・起動停止・工事など、状態別のリスクアセスメント実施方法
  • 重大ヒヤリハット事例を含むリスクアセスメントの継続運用
  • 安全計装システム(SIS)設計へのリスク評価結果の反映

特に、リスクアセスメントの具体的なプロセスや評価基準を論文形式で公開している点は、

他社にとってもベンチマークとなる実践事例といえます。

5. 日鉄ケミカル&マテリアル/日本製鉄グループ

「防災リスクアセスメントと優先順位づけによる保安管理」

公開情報

主な取り組みの特徴

製鉄・化学の複合事業を展開する日鉄ケミカル&マテリアルおよび日本製鉄グループでは、**「防災リスクアセスメント」「優先順位づけ」「工事中防災管理」**といった、RBPSの考え方に沿った施策を明示しています。

具体的には、

  • プロセス・設備ごとのリスクアセスメントを実施し、リスクレベルに応じて対策の優先順位を設定
  • 危険物・高圧ガス設備の更新・補修を、リスク評価結果と連動させて計画
  • 工事・定修時の防災管理を重要テーマとして明確化(火気管理・閉所作業など)
  • 安全衛生方針とリスクアセスメントを、グループ全体で共通の枠組みに統一

といった取り組みが記載されており、RBPSを“投資計画や工事計画と直結させている”ことが特徴です。

6. 関西電力(化学系子会社を含む)

「RBPSと事故調査・安全文化を特集で整理」

公開情報

この特集の中で、関西電力グループを含む国内企業の事例として、

  • RBPSの4本柱・20要素を踏まえた安全マネジメントのフレームワーク
  • 事故調査の高度化(根本原因分析、組織要因の洗い出し)
  • 組織文化の診断とリーダーシップの役割
  • RBPS導入の課題と、国内企業での適用状況

などが整理されています。

学会誌という形で、日本企業のRBPS実践事例と課題を俯瞰できる資料であり、現場の技術者だけでなく、安全部門・経営層にとっても有益な内容です。

まとめ:日本企業のRBPSは「見える化・優先順位・文化」の三方向で進化中

ここまで紹介した日本企業の事例から、共通するポイントを整理すると、次の3点に集約できます。

  1. リスクの見える化
    • プロセスリスクアセスメント
    • リスクマトリクス・指標(KPI)
    • 事故・ヒヤリの定量的モニタリング
  2. 優先順位づけと資源配分
    • 設備老朽化対策のリスクベース化
    • 投資・更新計画をリスクアセスメントと連動
    • SIS設計・工事安全管理への反映
  3. 安全文化と学習の仕組み
    • 安全の基本動作やスキル標準の整備
    • 事故調査・教訓管理システムの構築
    • トップマネジメントによるコミットメントと方針提示

RBPSは単なる“分析手法”ではなく、

企業の文化・投資・日々のオペレーションをつなぐ「共通言語」として機能し始めている

それが日本企業の最新の姿だといえます。

中堅化学メーカーにおけるリスクに基づくプロセス安全(RBPS)取り組み事例