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蒸留の省エネ|多重効用・サイドヒーター・HIDiC

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※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

蒸留はエネルギーを食います。どれくらい食うのか、具体的な数字があります。

ベンゼン・トルエンの分離を例にとると、塔頂で製品品質まで濃縮された蒸気のうち、製品になるのは1.0/2.5だけ。残りの1.5/2.5は還流として塔に戻さなければなりません。そして現行の蒸留塔が外部から出し入れしている熱量は、熱力学的に分離に必要な熱量の3倍以上にもなっていた——文献にはこう書かれています。

この記事は蒸留シリーズ「運転とトラブル」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。

この記事の結論

  • まず還流比の見直し。ただし最小還流比の1.1倍以下にするのは容易ではない
  • 多重効用:圧力の違う2塔を並べ、高圧塔の塔頂蒸気で低圧塔のリボイラを焚く
  • サイドヒーター・サイドクーラー:中間で熱を出し入れするとエクセルギー損失が減る
  • HIDiC:濃縮部を昇圧して回収部を内部から加熱する。外部還流をゼロにできる

1. なぜこんなに食うのか

投資の小さい順に上から

蒸留塔は、リボイラで入れた熱をコンデンサでほぼそのまま捨てる装置です。入れた熱の大半が分離の仕事に変わらず、温度を下げて外に出ていく。

その根っこにあるのが還流です。ベンゼン・トルエン系で塔頂99.5%ベンゼン(沸点80℃)、塔底トルエン(110℃)に分ける例では、塔頂の蒸気2.5に対して製品は1.0、1.5は還流に戻る。この1.5を作るために蒸発させ、また凝縮させている。

この構造は最小還流比という壁があるので、原理的に避けられません。最小理論還流比より少ない還流量では、製品は所定品質まで濃縮できないからです。

だから省エネの方向は2つに分かれます。

  • 還流をなるべく減らす(運転の改善)
  • 捨てている熱を使い回す(構成の改善)

2. まず還流比|ただし1.1倍の壁がある

設備を触らずにできる唯一の手が還流比の見直しです。実際の還流比は最小還流比の1.1〜1.5倍あたりに置かれます。

文献の記述はこうです。従来の運転は最小理論還流比の1.2倍近辺以上で還流されており、省エネルギー時代になって現場管理者はこれを小さくすることに努めたが、1.1倍以下にすることは容易でないのが現状である、と。

なぜ容易でないのか。1.1倍に近づくほど必要段数が急激に増えるので、既設の段数では品質が出なくなるからです。加えて外乱への余裕がなくなり、原料組成が少し振れただけで規格を外します。

それでも見直す価値はあります。設計時の余裕がそのまま残っている塔は多いからです。確認すべきは次の3つ。

  • 製品規格に対して実績がどれだけ余裕を持っているか。過剰品質は運転費で買っている
  • 実績の段効率。設計より効率が良ければ、その分還流を下げられる
  • 原料組成の振れ幅。どこまで下げると規格を割るかを、振れの最悪ケースで見る

3. 多重効用|圧力差で熱を使い回す

構成の改善で最も分かりやすいのが多重効用精留です。

考え方は単純です。操作圧力の異なる2つ以上の塔を用意し、圧力の高い塔の塔頂蒸気の凝縮潜熱を、圧力の低い塔のリボイラの熱源にする。高圧塔の塔頂は温度が高いので、低圧塔の塔底を焚くのに十分な温度があります。

捨てるはずだった凝縮熱がそのまま次の塔の加熱に化けるので、単純に言えば2塔で1塔分の熱で済む。多重効用缶(蒸発装置)と同じ原理を蒸留に持ち込んだものです。

型は3つあります。原料をどちらの塔に入れ、どちら向きに流すかの違いです。

特徴
順流型原料を高圧塔に入れ、その塔底液を低圧塔へ送る
逆流型原料を低圧塔に入れる。比較的高い温度の熱源を必要としない
原料分配型原料を両方の塔に分けて入れる

実務上の制約は高圧塔の塔底温度です。圧力を上げるほど温度が上がるので、熱に弱い系では使えません。加えて塔が2本になるので建設費が増える。運転費と建設費のトレードオフが、そのまま採否の判断になります。

4. 中間で熱を出し入れする

もう一つの方向がサイドヒーター(中間加熱)とサイドクーラー(中間冷却)です。塔の途中から熱を入れる、あるいは抜く。

なぜ効くのか。塔底のリボイラは塔内で最も温度が高い場所なので、そこに熱を入れるには最も高温の熱源が要ります。ところが分離の仕事そのものは、塔の途中でも進んでいる。途中の低い温度で熱を入れられれば、安い熱源が使えます。

熱力学の言葉では、これはエクセルギー損失が小さくなると表現されます。同じ熱量でも、必要以上に高い温度から落とすほど「もったいなさ」が大きい。中間加熱・中間冷却はその落差を減らす操作です。化学工学便覧では、中間加熱を用いるほうが通常塔よりエクセルギー損失が小さいことが式で示されています。

現場的に言えば、工場の中で余っている中温の熱を蒸留塔に差し込めるということです。熱源の温度レベルに合わせて差し込む高さを選ぶ。ピンチ解析と相性のよい改造です。

5. HIDiC|塔の中で熱交換する

この方向を突き詰めたのがHIDiC(Heat Integrated Distillation Column、内部熱交換形蒸留塔)です。日本発の名称で、国際的にも通用します。

出発点は、熱力学的な理想形です。各段にヒーターまたはクーラーを設置した無限段数の塔が、分離に必要なエネルギーが最小になる。HIDiCはそこに近づけようとしたものです。

構成はこうです。

  1. 塔を原料入口の上下で濃縮部と回収部に2分割する
  2. 濃縮部側だけを昇圧する。圧力が上がると沸点が上がるので、濃縮部の温度分布が全体に持ち上がる
  3. 2つを対向させ、金属板越しに熱が移る構造にする。同じ高さで濃縮部のほうが高温なら、熱は濃縮部から回収部へ流れる
  4. 濃縮部では冷却されて凝縮が進み、回収部では加熱されて蒸発が進む。これはコンデンサとリボイラが本来やっていた仕事そのもの

ここが効きます。濃縮部の内部で凝縮した液がそのまま内部還流になるので、最小理論還流量以上の内部還流が発生すれば、外部還流をゼロにできる

文献のベンゼン・トルエン系の例では、回収部が常圧で92℃/111℃、濃縮部が1 kg/cm²Gで104℃/116℃、そして還流は0。回収部の塔頂から濃縮部の塔底へ蒸気を送る圧縮機は必要になりますが、その動力を加算してもリボイラ熱源が激減するので大幅な省エネになるとされています。

実質的にはヒートポンプです。圧縮機の仕事で温度レベルを持ち上げ、捨てるはずだった凝縮熱を使える熱に変えている。内部構造は棚段塔・充填塔・濡壁塔の3形式が検討されています。

6. 複合塔|Petlyukと、実際に使われているもの

Petlyukが使われていない理由

3成分以上を分けるとき、塔を2本並べるのではなく1組のリボイラとコンデンサで済ませる構成があります。1965年に提案されたPetlyuk蒸留プロセスです。

特徴は3つ。多成分系の分離でもリボイラとコンデンサが1組しかないこと、塔の間に気液の相互流を持つこと、中間留分をサイドカットで最終塔から抜き出すこと。

省エネ効果は報告されています。ベンゼン-トルエン-p-キシレン系の分離について、通常の蒸留塔2本を用いた場合より約20%の必要エネルギーが節減されるという試算があります(通常塔の還流比を最小還流比の1.5倍とした条件)。

ところが、ここが実務的に重要な点です。Petlyuk蒸留プロセスは、塔間の蒸気流の制御が難しいことや、高純度の中間製品を安定して得ることが難しいことから、実際のプロセスではあまり用いられていません。

代わりに実際によく採用されているのが、Prefractionator付塔(前段に粗分けの塔を置く)やSide-stripper付塔(主塔の側方に小さなストリッパを付ける)といった、類似の省エネフローです。

この対比は、省エネ検討そのものの教訓になります。省エネ率だけで方式を選ぶと、制御できない設備を作ることになる。採用されている技術には採用されている理由があり、採用されていない技術にも理由があります。

7. どこから手を付けるか

手段投資効果制約
還流比の見直しなし小〜中規格の余裕と段効率の実績しだい。1.1倍の壁
原料の予熱(塔底液・塔頂蒸気との熱交換)スペースと配管。q値が変わるので段数の再確認が要る
サイドヒーター/サイドクーラー工場側に適温の熱源・ヒートシンクがあるか
多重効用高圧塔の塔底温度。塔が2本になる
HIDiC・ヒートポンプ圧縮機の信頼性と動力費。実績の少なさ

順番は上からです。投資ゼロでできることを全部やってから、設備の話に進む。そして設備を変える検討では、省エネ率と同じ重さで「その設備を運転できるか」を見てください。

まとめ

蒸留がエネルギーを食う理由は還流にあり、現行塔の外部熱量は熱力学的な必要量の3倍以上にもなっていました。手段は、還流比の見直し(ただし最小還流比の1.1倍以下は容易でない)、圧力差で熱を使い回す多重効用、中間で熱を出し入れするサイドヒーター・サイドクーラー、そして塔の中で熱交換するHIDiCと並びます。複合塔ではPetlyukが約20%の省エネを示しながら制御の難しさから実用されず、Prefractionator付塔やSide-stripper付塔が実際に使われている——この対比が、省エネ検討で何を見るべきかを教えてくれます。

次の記事:蒸留塔のスタートアップとシャットダウン

参考文献

  • 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第9章 9・13「蒸留プロセスの省エネルギー」(エクセルギー解析、中間加熱と中間冷却、Petlyuk蒸留プロセス、多重効用プロセス)。Petlyukの原典は Petlyuk, F. B. et al.: Khim. Prom., 41, 206 (1965)、省エネ試算は山田幾穂ら: 化学工学, 34, 1192 (1970) 最新版をAmazonで見る
  • 吉田英生 監修『熱交換器ハンドブック』省エネルギーセンター, 第13章「新しい蒸留技術―内部熱交換形蒸留塔」(還流比の実態、外部熱量が必要熱量の3倍以上、HIDiCの原理と物質収支例)
  • 大江修造『絵とき「蒸留技術」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 2008 Amazonで見る

※ 省エネ率や温度・圧力の数値はいずれも文献に示された特定の系・条件での例です。自分の系に当てはめる際は再計算してください。