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共沸があると、普通の蒸留はそこで行き止まりになります。段数をいくら増やしても、還流比をいくら上げても越えられない。
ここから先は別の武器が要ります。最初の武器が共沸蒸留——第3の成分をわざと加えて、新しい共沸をこちらから作る方法です。
この記事は蒸留シリーズ「特殊蒸留」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。
この記事の結論
- 共沸蒸留の分離剤(エントレーナ)は、原料成分と共沸物をつくるものを選ぶ
- 塔頂蒸気が2液相に分かれることが実は決定的。分かれないとエントレーナを回収できない
- だからデカンターがプロセスの中心にいる
- 選定条件は7つあるが、共沸剤は候補そのものが少ないのが最大の制約
1. どんなときに使うのか
共沸蒸留と抽出蒸留が対象にするのは、次の2つです。
- 比揮発度αが1に近い混合物(目安として 0.95 < α < 1.05)
- 均一系の共沸混合物で、圧力を変えても共沸組成があまり動かないもの
αが1に近いというのは、Fenske式を思い出せば段数が発散するということです。α=1.05でも必要段数は現実的な範囲を超えます。普通の蒸留では歯が立たない領域。
2つ目の「圧力を変えても共沸組成が動かない」は、圧力スイング蒸留が使えないということを意味します。圧力で共沸組成が十分に動く系なら、高圧塔と低圧塔を組み合わせるだけで済むからです。
どちらの手も使えないときに、原料の気液平衡そのものを変える分離剤を加える。これが共沸蒸留と抽出蒸留の共通の発想です。
2. 共沸蒸留と抽出蒸留の呼び分け

この2つは分離剤の性格で分かれます。
| 共沸蒸留 | 抽出蒸留 | |
| 分離剤の性格 | 原料成分と共沸物をつくる | 主な成分と共沸物をつくらない。分離すべき成分より沸点が高い |
| 分離剤の呼び名 | 共沸剤/エントレーナ | 抽出剤/溶剤(ソルベント) |
| 分離剤の出口 | 塔頂(共沸物として上がる) | 塔底(沸点が高いので下りる) |
| 工業での応用例 | 少ない | 多い |
最後の行が実務では効いてきます。工業プロセスでは抽出蒸留のほうが共沸蒸留より応用例が多い。理由は単純で、抽出剤は多数見つけられるのに対し、共沸剤は選択の幅が狭く数が限られているからです。
共沸剤には「特定の成分とちょうどよく共沸する」という強い条件が付きます。抽出剤は「沸点が高くて選択性がある」という緩い条件でよい。候補の母集団の大きさがまるで違うのです。
だから検討の順序としては、まず抽出蒸留を当たってみて、適当な溶剤が見つからないときに共沸蒸留を考えるのが素直です。
3. デカンターがプロセスの中心にいる

共沸蒸留のフローを見ると、必ずデカンター(液液分離器)が塔頂に付いています。なぜこれが要るのか。ここが本記事の核心です。
エントレーナは分離を助けるために入れるものなので、あとで回収して繰り返し使わなければ成り立ちません。塔頂から出てくるのは「分離したい成分+エントレーナ」の共沸物です。ここからエントレーナを取り出す必要があります。
ところが——この共沸物をもう一度蒸留しても、同じ圧力なら共沸組成は変わりません。蒸留で濃縮できないから共沸なのですから、当然です。共沸物は蒸留では分けられない。
そこで使うのが液液分離です。塔頂蒸気を凝縮させたとき2つの液相に分かれるなら、デカンターに入れるだけで「分離成分に富む相」と「エントレーナに富む相」に自然に分かれます。蒸留で分けられないものを、溶解度の違いで分ける。
だから共沸剤の選定では「凝縮したときに2液相に分かれるか」が事実上の必須条件になります。分かれない場合は、液液抽出・抽出蒸留・加圧蒸留・別の共沸蒸留といった追加の手段が要り、プロセスが一気に重くなります。
もう一つ、フロー図を読むときの小技を。共沸蒸留塔への還流にはデカンターの2つの相の両方が使われることがあります。片方の相だけでは還流量が足りないので、もう一方の相で補っているのです。図で還流線が2本出ていたらこれです。
4. 共沸剤の選定条件は7つ
文献に挙げられている条件を、実務的な重みを付けて並べ直します。
| 条件 | 外すとどうなるか |
| 比揮発度を変え、少なくとも分離成分の1つと共沸すること | そもそも成立しない。第1条件 |
| 回収が容易なこと | 回収に別の分離操作が要り、プロセスが重くなる(=2液相に分かれるか) |
| 蒸発潜熱が小さいこと | エントレーナは塔頂から何度も循環する。潜熱がそのまま運転費になる |
| 熱的・化学的に安定であること | 分解・重合すると系に不純物が溜まり、補給量も増える |
| 腐食性がないこと | 材質のグレードが上がる |
| 安価であること | 循環系なので補給分だけだが、ロスは必ず出る |
| 毒性がないこと | 製品への残留と作業環境。エタノール精製にベンゼンを使いにくい理由 |
3つ目の蒸発潜熱は見落とされがちです。エントレーナは製品にならず、ひたすら塔頂と回収塔を循環します。その循環量の分だけ、蒸発と凝縮の熱を毎回払っている。共沸蒸留のエネルギーコストは、ここで決まります。
選定の入口としてはEwellらの方法が目安を与えますが、最終的には共沸データ集から候補を探し、必要なら実際にテストするのが現実的な手順です。予測だけで決められる領域ではありません。
5. 炭化水素系には傾向がある
候補が少ないと書きましたが、炭化水素系については系統的な研究があり、当たりの付け方があります。
各種の炭化水素の一般的傾向として、共沸物の温度降下の大きさは アロマティック > オレフィン > ナフテン > パラフィン の順に小さくなるとされています。共沸によって沸点をどれだけ引き下げられるかが、炭化水素の種類で系統的に違うということです。
具体例も分かりやすい。100〜110℃の範囲の炭化水素に対して、
- メタノールはすべての炭化水素(パラフィン・ナフテン・オレフィン・アロマティック)と最低共沸物をつくる
- メチルエチルケトンはパラフィン・ナフテン・オレフィンとは最低共沸物をつくるが、トルエンとは共沸しない
後者が使えます。「共沸しない」ことが選択性になるからです。トルエンだけを共沸から外せるなら、トルエンとそれ以外を分けられる。共沸剤選びは「何と共沸するか」だけでなく「何と共沸しないか」でもあるということです。
6. 3つの型とフローの組み立て
共沸蒸留は、原料と共沸剤の気液平衡の関係から3つの型に分類されます。型が決まるとフローの形も決まります。
| 型 | 共沸剤が… | 例(原料/共沸剤) |
| I | 分離すべき成分とただ1つの2成分系最低共沸物をつくる | 酢酸+水/酢酸ブチル アセトン+水/臭化エチレン |
| II | いくつかの2成分系最低共沸物をつくる | トルエン+メチルシクロヘキサン/ニトロメタン ブタジエン+ブテン/アンモニア |
| III | 3成分系またはそれ以上の最低共沸物をつくる | エタノール+水/ベンゼン イソプロパノール+水/ベンゼン |
型Iの酢酸-水系を例に、フローの骨格を追ってみます。
- 原料(酢酸+水)と補給共沸剤を共沸蒸留塔に入れる
- 塔頂から「水+共沸剤」の共沸物が出て、凝縮後デカンターで共沸剤相と水相に分かれる
- 共沸剤相は塔に還流。水相は共沸剤回収塔へ送り、微量の共沸剤を回収して水を出す
- 共沸蒸留塔の塔底から酢酸が取れる
塔が2本、デカンターが1つ。これが最小構成です。型IIやIIIになると回収塔がさらに増えます。共沸蒸留は「塔1本で済む話」ではないことを、フローの段階で織り込んでおいてください。
そして無水エタノールの製造(型III、エタノール+水+ベンゼン)が教科書的な例になっていますが、これはベンゼンの毒性から現在は別の手段が主流です。技術として成立することと、いま採用できることは別——この距離感も一緒に押さえておくとよいと思います。
まとめ
共沸蒸留は、αが1に近い系や圧力で共沸組成が動かない系に対して、原料成分と共沸物をつくる分離剤(エントレーナ)を加える方法です。核心は回収で、共沸物は蒸留では分けられないため、凝縮したときに2液相に分かれてデカンターで分離できることが事実上の必須条件になります。選定条件は7つありますが、最大の制約は候補そのものが少ないこと。だから実務では抽出蒸留のほうが応用例が多くなります。
次の記事:抽出蒸留|溶剤で相対揮発度を変える
参考文献
- 『プロセス設計シリーズ3 分解・加熱・蒸留を中心とする設計』化学工業社 第8章「非理想系蒸留」8・4「共沸蒸留と抽出蒸留」(適用範囲 0.95<α<1.05、共沸剤とエントレーナの定義、選定条件、Bergらの炭化水素系の傾向、3つの型と例、デカンターが必要な理由)
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第9章「蒸留」 最新版をAmazonで見る
- 大江修造『絵とき「蒸留技術」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 2008 Amazonで見る
化学プラント大全 
