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蒸留塔の差圧計は、いつも同じ値を指しているうちは誰も見ません。しかし差圧は、止めずに塔の中を覗ける数少ない計器です。
読み方さえ知っていれば、フラッディングも、汚れの進行も、充填層の抜けも、差圧のトレンドに出ます。この記事はその読み方です。
この記事は蒸留シリーズ「運転とトラブル」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。
この記事の結論
- 差圧の絶対値ではなく「1段あたり」に直して設計値と比べる
- トレイ塔は数十mmH2O/理論段、充填塔は桁が違って小さい(メッシュ充填物で0.4 mmHg/理論段)
- 差圧が負荷に対して急に立ち上がったらフラッディング。負荷が同じで徐々に上がるなら汚れ
- 差圧が下がるのも異常。トレイの脱落、充填層の沈下・偏流を疑う
1. 差圧は何を測っているのか
塔の差圧とは、塔底と塔頂の圧力差です。蒸気が塔を下から上へ通り抜けるときに失う圧力の合計で、内訳は2つあります。
- 乾き圧損:穴やキャップ、充填物の隙間を蒸気が通るときの抵抗。蒸気速度の2乗に効く
- 液の重み:トレイ塔なら段の上に溜まった液の深さ。蒸気はこれを押し分けて上がる
だから差圧は「蒸気がどれだけ流れているか」と「液がどれだけ溜まっているか」の合成です。この2つを分けて考えると、トレンドの読み方が見えてきます。
そして減圧蒸留の記事で書いたとおり、差圧はそのまま塔底圧力=塔頂圧力+差圧として塔底温度を押し上げます。差圧が上がるということは、塔底が熱くなるということでもあります。
2. まず「1段あたり」に直す

差圧の絶対値を見ても、それが高いのか低いのか判断できません。段数で割って1段あたりに直すと、文献値や設計値と比べられます。
手元の資料に、ベンゼン-トルエン系・常圧での各種トレイの圧力損失を蒸気速度に対して示した図があります。縦軸は理論段あたりのmmH2Oです。
| 形式 | 蒸気速度0.1 m/s | 0.3 m/s | 傾向 |
| キッテルトレイ | 約2 | 約45 | 低速では非常に小さい |
| シーブトレイ | 約18 | 約57 | 素直に増える |
| 泡鐘トレイ | 約35 | 約85 | 最も急に立ち上がる |
| バルブトレイ | 約57 | 約63 | 低速でも高め。0.2以降は頭打ち |
バルブトレイの挙動が面白い。低負荷でも圧損が高く、負荷を上げてもほとんど増えません。弁が負荷に応じて開閉するので、開口面積が自動的に調整されるからです。バルブトレイのターンダウンが広い理由が、圧損の形にそのまま出ています。
裏を返せば、バルブトレイの塔では差圧が負荷の指標になりにくいということでもあります。差圧を見る前に、自分の塔がどの形式かを確認してください。
充填塔は桁が違います。充填塔の圧力損失は各種塔インターナルのうちで最も小さい範囲に入り、とくにメッシュ充填物では1理論段あたり0.4 mmHgとされています。トレイ塔の数十mmH2O(1 mmHg ≒ 13.6 mmH2O)と比べると、圧倒的に小さい。
この差が減圧蒸留で充填塔がほぼ一択になる理由です。
差圧の出方は、段で何が起きているかと結びついています。

3. 差圧が上がったとき
ここからが診断です。差圧が上がったとき、負荷と一緒に見るのが鉄則です。

| 差圧の動き | 負荷 | 疑うもの |
| 負荷に対して急に立ち上がった | 上げたところ | フラッディング。液が下りられず塔に溜まり始めている |
| 負荷は同じなのに数週間〜数か月かけて上昇 | 変化なし | 汚れ・閉塞。穴や充填層が徐々に塞がっている |
| 負荷は同じで階段状に上がった | 変化なし | 異物の噛み込み、触媒・スケールの流入 |
| 差圧も塔底温度も上がった | — | 差圧の増加が塔底圧を押し上げている。分解のリスク |
1行目と2行目の区別が実務では重要です。フラッディングは運転で戻せますが、汚れは戻せません。
見分け方は簡単で、負荷を少し下げてみることです。差圧がすぐ戻ればフラッディング側。戻らなければ汚れです。
汚れの進行を追うには、同じ負荷での差圧を記録に残すのが効きます。負荷が変わると差圧も変わるので、生の差圧トレンドだけでは進行が読めません。「定格運転時の差圧」を月次で並べると、汚れの速度が線として見えます。
4. 差圧が下がるのも異常
見落とされやすいのがこちらです。差圧が下がったら、塔の中身が減った可能性があります。
- トレイの脱落・変形:段が無くなれば、その分の圧損も無くなる。同時に分離能力も落ちるので、組成の悪化とセットで現れる
- 充填層の沈下・破損:充填物が潰れたり隙間ができたりすると、蒸気がそこを素通りする
- 偏流(チャネリング):液や蒸気が特定の経路に集中する。抵抗の少ない道ができるので差圧は下がる
- ウィーピング:低負荷で液が穴から落ちると、段上の液深が減って圧損も減る
共通するのは、差圧の低下と分離能力の低下が同時に起きることです。「差圧が下がって楽になった」ではなく、「塔が働かなくなった」と読むべき状況です。
逆に言えば、差圧の低下と組成の悪化がセットで来たら、内部構造の異常の可能性が高い。運転で戻せる要因では説明がつきにくいパターンです。
5. 区間差圧が取れるなら場所が分かる
塔の途中に圧力計があり、区間ごとの差圧が取れる塔では、異常の場所まで絞れます。
- ある区間だけ差圧が上がる:その区間で閉塞が進んでいる。原料段の近くや、重合物が出やすい高温部に多い
- ある区間だけ差圧が下がる:その区間のトレイが抜けている/充填層が沈下している
- 下側の区間から順に差圧が上がる:フラッディングが塔底から上へ伝播している
最後の項目は覚えておく価値があります。フラッディングは液が溜まったところから上に伝わっていくので、区間差圧を並べると進行方向が見えます。全体差圧が動く前に、局所の差圧が動いていることも多い。
これを温度プロファイルと重ねると精度が上がります。差圧が異常な区間と、温度が平坦な区間が一致すれば、その区間が働いていないという結論が出せます。次の定修で開ける場所が決まります。
6. 減圧塔では差圧が読みにくい
最後に注意点です。減圧塔では差圧の絶対値が小さいので、異常の兆候が数字に出にくくなります。
塔頂1 kPaで運転している塔の差圧が数kPaという世界では、計器のレンジと分解能がそのまま診断能力を決めます。常圧塔と同じレンジの差圧計を付けると、フラッディングに入っても指示がほとんど動きません。
設計段階の話になりますが、減圧塔では差圧計のレンジ選定を意識して仕様書に書く価値があります。運転側としては、既設の差圧計がその塔に対して適切なレンジかを一度確認してください。読めない計器は無いのと同じです。
まとめ
差圧は乾き圧損と液の重みの合成で、まず段数で割って1段あたりに直すと設計値と比べられます。トレイ形式によって挙動が違い、とくにバルブトレイは負荷を上げても頭打ちになるので差圧が負荷の指標になりにくい。差圧が負荷に対して急に立ち上がればフラッディング、負荷が同じで徐々に上がれば汚れです。差圧の低下も異常で、組成の悪化とセットなら内部構造を疑ってください。区間差圧が取れるなら場所まで絞れます。
これで第4章「運転とトラブル」は完結です。第5章では、普通の蒸留では越えられない共沸をどう破るか——共沸蒸留・抽出蒸留・水蒸気蒸留・回分蒸留に進みます。
参考文献
- 『プロセス設計シリーズ3 分解・加熱・蒸留を中心とする設計』化学工業社 第9章「蒸留装置設計の実際的留意点」(各種トレイの圧力損失、充填塔とメッシュ充填物の圧力損失、トレイのメンテナンス性)
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第9章 9・11「棚段塔」(トレイの水力学) 最新版をAmazonで見る
- 大江修造『絵とき「蒸留技術」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 2008, 第4章 Amazonで見る
※ 圧力損失の数値はベンゼン-トルエン系・常圧という特定条件での文献値です。自分の塔の判断基準は、設計値と正常時の実績から作ってください。
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