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還流比を上げると何が起きるか|蒸留塔の運転変数の因果

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「塔頂の純度が足りないから、還流を上げよう」——現場でよく聞く判断です。だいたい正しい。ですがなぜ効くのかを説明できる人は多くありません。

説明できないと、効かなかったときに次の手が出ません。この記事では、蒸留塔で動かせるノブが全部でいくつあり、それぞれが何に効くのかを整理します。

この記事は蒸留シリーズ「運転とトラブル」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。

この記事の結論

  • 操作できるのはD・W・L・V・Qc の5つ。制御したいのはxD・xW・還流槽液面・塔底液面・圧力の5つ
  • 効き方は2種類しかない。分離度を変えるか、物質収支を変える
  • 還流比を上げる=両方の純度が同時に上がる。ただしエネルギーを払う
  • 抜き出し量を変える=シーソー。片方が良くなれば片方が悪くなる

1. ノブは5つ、見たいものも5つ

二製品の蒸留塔で、原料の量と組成が上流の都合で決まっているとします。このとき自分で操作できる変数は5つです。

  • D:塔頂からの留出量
  • W:塔底からの抜き出し量
  • L:還流量
  • V:塔内を上がる蒸気量(=リボイラ熱量で決まる)
  • Qc:コンデンサの除熱量

そして一定に保ちたい(制御したい)ものも5つあります。塔頂組成 xD、塔底組成 xW、還流槽の液面、塔底の液面、塔頂圧力です。

制御系の設計とは、この5つのノブを5つの目的にどう割り当てるかを決めることです。組合せは膨大に見えますが、圧力は Qc で見るのが一般的なのでまず1組が決まり、残り4対4になります。

4対4の総当たりは24通り。そこから動特性上どうしても無理なもの(塔本体の大きな遅れが間に入る組合せなど)と、物質収支上あり得ないものを外すと、実際に成立する組合せは8通りに絞られる——化学工学便覧はこう整理しています。

言い換えると、「どのノブで何を見るか」には正解の型が数えるほどしかないということです。自分の塔がどの型かを知っておくと、異常時の読みが速くなります。

なぜ「シーソー」になるのか。答えは物質収支にあります。出ていく量も軽質分も、増えも減りもしない——だから片方を増やせば片方が減る。

流量と軽質分が原料と製品で釣り合うことを棒の高さで示した図

2. 効き方は2種類しかない

分離度型は台ごと持ち上がり、物質収支型はシーソーで片方が下がる

ノブは5つありますが、組成への効き方は2種類に分かれます。ここが本記事の芯です。

何が変わるか組成への出方
物質収支型操作の結果、D または W が直接・間接に変わるxD と xW逆方向に動く(シーソー)
分離度型操作の結果、V/F だけが変わるxD と xW同じ方向に良くなる

物質収支型のほうが組成に対する感度が大きく、エネルギー収支の外乱を受けにくいので、制御としては一般に優れているとされます。逆に分離度型は感度が極端に小さくなることがあり、それだけで組成を制御しようとするのは好ましくない、という評価です。

この違いは、たった2本の式から出てきます。

物質収支:D/F = (z − xW) / (xD − xW)

分離度:η = (xD/xW) ÷ {(1−xD)/(1−xW)}

ηは「上と下がどれだけきれいに分かれたか」を1つの数字にしたもので、還流比段数・段効率で決まります。物質収支と分離度の2つを与えると、製品組成は一意に決まる——これが蒸留塔の運転の骨格です。

3. 数字で見ると差が一目で分かる

原料組成 z = 0.5 の系で、上の2式だけを使って製品組成を計算してみます(F = 1)。

操作D/FηxDxW
基準0.501000.9090.091
還流を増やす(ηを4倍に)0.504000.952(改善)0.048(改善)
留出量を増やす(D/Fを0.6に)0.601000.807(悪化)0.040(改善)

はっきり分かれます。

  • 還流を増やす(分離度型):xD は 0.909→0.952、xW は 0.091→0.048。上も下も良くなる。ただし蒸気量が増えるのでリボイラとコンデンサの熱量を払う
  • 留出量を増やす(物質収支型):xW は 0.091→0.040 と良くなるのに、xD は 0.909→0.807 と悪化する。塔底の重い成分を上へ多く追い出した分、塔頂に不純物が乗った

「塔底の純度を上げたい」と言われて留出量を増やすと、確かに塔底は良くなります。しかし塔頂は必ず悪くなる。この因果を知らずに操作すると、片方を直しながらもう片方を壊すことになります。

両方を同時に良くできるのは分離度型だけで、その代金がエネルギーです。ここが蒸留の運転の本質的な構図になります。

上の表は3点だけですが、下のツールで連続的に動かせます。D/Fのスライダーを動かすと2本の線が逆に開き、ηのスライダーでは2本とも良い方向へ離れていく。この2つの絵の違いが、そのまま物質収支型と分離度型の違いです。

運転変数の効き方|シーソーか、両方よくなるか

物質収支 D/F = (z−xW)/(xD−xW) と 分離度 η = (xD/xW)÷{(1−xD)/(1−xW)} の2本を連立しています。D/Fを動かすと片方が悪くなり、ηを動かすと両方よくなる——本文の2種類がそのまま見えます。

※ 分離度ηは還流比・段数・段効率で決まる「上と下がどれだけきれいに分かれたか」の指標で、ここでは入力です。ηを上げるには蒸気量を増やす=リボイラとコンデンサの熱量を払うことになります。この2式だけのモデルなので、フラッディングなど設備の上限は入っていません。

4. 還流比を上げるときに一緒に起きること

「還流を上げれば純度が上がる」のは正しいのですが、上げた瞬間に塔の中では複数のことが同時に起きます。

  • 蒸気量Vが増える:組成を保つには L と一緒に V も増える。つまりリボイラ熱量が増える
  • 塔内の負荷が上がるフラッディングに近づく。差圧が上がる。上限に当たると効率はむしろ落ちる
  • コンデンサの負荷が上がる:冷却水が足りなければ塔頂圧力が上がり、相対揮発度が縮んで分離が重くなる
  • 塔底温度が上がる:熱に弱い系では分解・重合のリスクが増える

つまり還流比は「上げれば上げるほど良いノブ」ではなく、設備の上限に向かって残り代を使うノブです。残り代がどれだけあるかは、差圧とコンデンサ/リボイラの余裕を見れば分かります。

逆に「純度に余裕がある」ときは、還流比を下げるだけで運転費がそのまま減ります。省エネの第一手が「まず還流比を見直す」なのはこのためです。

5. 液面制御が組成を揺らすことがある

見落とされやすいのが、液面制御と組成制御が同じノブを取り合うことです。

還流槽の液面は、L か D のどちらかで見ます。L で液面を見る(la–L制御)と、物質収支と熱収支の相互干渉を切り離せます。コンデンサの冷媒温度が振れても内部還流量が一定に保たれるという利点があり、還流比の大きい系ではこちらが選ばれます。

一方 D で液面を見る場合、冷媒温度の外乱がそのまま D の変動になり、物質収支まで動いてしまう。前節の表でいえば、意図せず「留出量を増やす」操作をしたのと同じことが起きます。組成が振れる原因が、実は冷却水温度だった——という筋書きはここから生まれます。

塔底側も同様です。塔底液面は W で見るのが一般的ですが、V(リボイラ)で見る方式もあります。この方式はリボイラと塔底の間のU字管が共振したり、塔底液面がリボイラ操作に対して逆応答を示したりすることがあるので注意が要ります。「熱量を上げたのに液面が一瞬下がる」ような挙動です。

組成の異常を追うとき、組成ループだけでなく液面ループも疑う。これは覚えておく価値があります。

6. 両方の組成を同時に締めたいとき

xD と xW の両方に規格があり、両方を制御したい場合、2つの制御ループが互いに干渉します。片方を直すともう片方が動き、それを直すとまた元が動く。

この問題は「干渉の小さい変数の組合せを選ぶ」ことと「干渉を補償する仕組みを入れる」ことに分けられます。前者の評価にはRGA(Relative Gain Array)法などが使われます。

実務としては、片方だけを組成制御し、もう片方は余裕を持たせるのが最も安定します。両方をぎりぎりで狙うと干渉が表に出ます。「どちらの規格が本当に厳しいのか」を決めることが、制御設計の前段にある判断です。

まとめ

操作できるノブは D・W・L・V・Qc の5つ、見たいものも5つで、成立する組合せは8通りほどしかありません。組成への効き方は物質収支型と分離度型の2種類だけで、還流比を上げる(分離度型)と上下の純度が同時に良くなり、抜き出し量を変える(物質収支型)とシーソーになります。還流比を上げれば設備の上限に近づき、下げれば運転費が減る。そして組成が振れたときは、組成ループだけでなく液面ループも疑ってください。

次の記事:塔頂圧力を動かすと何が起きるか

参考文献

  • 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第9章 9・12「蒸留塔の制御」(操作変数と制御変数、変数の組合せ、物質収支型と分離度型、液面制御系の選び方) 最新版をAmazonで見る
  • 大江修造『絵とき「蒸留技術」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 2008 Amazonで見る
  • 『プロセス設計シリーズ3 分解・加熱・蒸留を中心とする設計』化学工業社 第9章

※ 本文中の数値例は、上記の物質収支式と分離度の定義だけを使って筆者が計算したものです。特定の実機のデータではありません。