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熱回収とピンチテクノロジー入門【工場全体で熱を考える】

熱回収とピンチテクノロジー入門【工場全体で熱を考える】

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工場の熱回収ってどう考えるの?

ピンチテクノロジーって何?

そんな悩みを解決します。

この記事の内容

・熱回収を「機器単位」ではなく「工場全体」で考える理由

・コンポジットカーブとピンチ点

・ピンチの3つの原則と、ΔTmin の決め方

私の仕事は化学プラントの設計です。
省エネ検討の考え方を、実務の視点で整理します。

熱交換器を1台ずつ最適化しても、工場全体の省エネにはつながらないことがあります。「この熱を回収したい」と思っても、回収先が適切でなければ、かえって用役消費が増えることさえあります。

工場全体を1つの系として捉え、理論的に到達可能な最小の用役消費量を先に求める。それがピンチテクノロジーの発想です。

この記事の結論

・熱回収は機器単位ではなく工場全体で考えます。

・すべての加熱側・冷却側をまとめたコンポジットカーブを描くと、最小の用役消費量が分かります。

・2本の曲線が最も近づく点がピンチ点。ここが系全体のボトルネックです。

・原則は3つ。ピンチを跨いで熱を移動しない/ピンチ上でクーラーを使わない/ピンチ下でヒーターを使わない

・ΔTmin を小さくすれば用役は減りますが伝熱面積が増えます。そのトレードオフで決めます。

なぜ機器単位ではだめなのか

現場で「この排熱がもったいない」と感じたとき、近くの加熱が必要な流体と熱交換させたくなります。しかしその判断が、全体としては損になることがあります。

たとえば、高温の排熱を低温の流体の予熱に使ったとします。一見よさそうですが、その高温排熱はもっと高温の加熱に使えたかもしれません。低温の予熱なら、もっと低品位の排熱で足りたかもしれません。

熱には温度という品位があります。高温の熱を低温の用途に使うのは、電気で暖房するようなもので、資源の使い方として損をしています。ピンチテクノロジーは、この品位のミスマッチを避けるための道具です。

コンポジットカーブ

作り方

1. 工場内のすべてのストリームを洗い出す

 ・ホットストリーム=冷却が必要な流れ(熱を出せる)

 ・コールドストリーム=加熱が必要な流れ(熱が欲しい)

2. 各ストリームの 入口温度・出口温度・熱容量流量(CP = m・cp)を整理する

3. ホット側をすべて足し合わせて1本の曲線に(ホットコンポジットカーブ)

4. コールド側も同様に1本にまとめる

5. 2本を温度-エンタルピー線図に重ねて描く

横軸はエンタルピー(熱量)、縦軸は温度です。各温度区間で、その温度帯に存在するストリームの CP を足し合わせて傾きを決めます。

こうしてできた2本の曲線が、工場全体の「熱を出せる能力」と「熱が欲しい要求」を温度別に表しています。

線図から読み取れること

部分意味
2本が重なっている横幅熱回収できる量(プロセス間で熱交換できる)
コールド曲線が右にはみ出す部分最小加熱用役量(外部から供給が必要)
ホット曲線が左にはみ出す部分最小冷却用役量(外部へ捨てるしかない)
2本が最も接近する点ピンチ点

重要なのは、この線図が「どんな熱交換器ネットワークを組んでも、これ以上は減らせない」という理論限界を示していることです。目標値が先に分かるので、現状との差=改善余地が定量化できます。

ピンチ点と3つの原則

2本の曲線が最も近づく点がピンチ点です。ここでの温度差が ΔTmin になります。

ピンチ点は、系を上(高温側)下(低温側)に分ける境界です。この2つの領域は、熱の性質がまったく違います。

領域熱の状態必要なもの
ピンチより上熱が不足している(ヒートシンク)加熱用役
ピンチより下熱が余っている(ヒートソース)冷却用役

3つの原則(黄金律)

① ピンチを跨いで熱を移動しない

 上から下へ熱を移すと、上で不足した分だけ加熱用役が増え、下で余った分だけ冷却用役が増える。二重に損をする

② ピンチより上でクーラーを使わない

 上は熱が不足している領域。そこで冷却するのは、加熱したものを冷やすという矛盾

③ ピンチより下でヒーターを使わない

 下は熱が余っている領域。そこで加熱するのは、捨てる熱を増やすだけ

この3つに違反している箇所を探すのが、既設プラントの省エネ診断の第一歩です。「ピンチを跨ぐ熱交換」を1つ見つけて解消するだけで、加熱と冷却の両方が同量減ります。

ΔTmin をどう決めるか

ΔTmin(ピンチ点での最小温度差)は、設計者が選ぶパラメータです。ここにトレードオフがあります。

ΔTmin用役消費量伝熱面積熱交換器の台数・コスト
小さい(3〜5 K)少ない大きい高い
中間(10〜20 K)中間中間中間
大きい(30 K〜)多い小さい安い

ΔTmin を小さくすれば熱回収量が増え、用役費(ランニングコスト)は下がります。しかし温度差が小さい分、同じ熱量を交換するのに大きな伝熱面積が要り、設備費(イニシャルコスト)が上がります。

両者の合計が最小になる点を探す、というのが原則です。

実務での目安

条件ΔTmin の目安
一般的な液 ─ 液(多管式)10 〜 20 K
プレート式が使える場合3 〜 5 K
気体が絡む20 〜 40 K(U が小さく面積が膨大になるため)
極低温プロセス1 〜 3 K(冷凍動力が高価なので詰める価値がある)

ここで形式選定と直結します。プレート式なら純向流で ΔTmin を3〜5 Kまで詰められるので、多管式より大きな熱回収が成立します。ピンチ解析の結果が形式選定を決める、という関係です。

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実務での使いどころ

新設プラントの設計

ストリームデータが揃った段階でピンチ解析を行い、熱交換器ネットワークの目標を決めてから個々の機器設計に入ります。後から熱回収を追加するより、はるかに効率的です。

既設プラントの省エネ診断

1. 現状のストリームデータを実測から整理する

2. コンポジットカーブを描き、理論最小用役量を求める

3. 現状の用役消費量と比較する(差=改善余地)

4. 3つの原則に違反している熱交換器を探す

5. 改造案を作り、投資回収年数で評価する

3番目で「あと何%減らせるか」が数字で出るのが、この手法の価値です。改善余地が5%しかないなら、それ以上の投資は無駄だと分かります。逆に30%あるなら、本格的な改造を検討する根拠になります。

注意点

運転性を犠牲にしない ── 熱回収を極限まで進めると、プロセス間の結合が強くなり、1か所の変動が全体に波及する

起動・停止を考える ── 熱回収に頼りすぎると、起動時に熱源がない

配管距離 ── 理論上は熱交換できても、機器が工場の端と端では配管費と熱損失で成立しない

汚れと保全 ── 熱回収用の熱交換器も汚れる。設計余裕を見込む

とくに1つ目が重要です。ピンチ解析は熱力学的な最適を示しますが、運転しやすさは考慮していません。理論値に近づけるほど、プラントは硬直的になります。

実務では、理論最小に対して余裕を持たせた設計にするのが普通です。

まとめ

・熱回収は機器単位ではなく工場全体で考えます。高温の熱を低温の用途に使うのは品位のミスマッチです。

・コンポジットカーブを描けば、理論的に到達可能な最小用役量が分かります。目標値が先に出るのが強みです。

・2本の曲線が最も近づく点がピンチ点。ここが系を高温側と低温側に分ける境界です。

・原則は3つ。ピンチを跨いで熱を移動しない、ピンチ上でクーラーを使わない、ピンチ下でヒーターを使わない。

・ΔTmin は用役費と設備費のトレードオフで決めます。多管式で10〜20 K、プレート式なら3〜5 K。

・既設診断では「理論最小との差」で改善余地を定量化してから投資判断します。

・熱回収を進めるほどプラントは硬直的になります。運転性とのバランスが必要です。

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参考文献

  • 吉田邦夫・吉田英生 監修『熱交換器ハンドブック』省エネルギーセンター、2005年、I編4「熱交換ネットワークの解析と設計」4.1 エクセルギー、4.2 熱回収と熱利用線図、4.3 ピンチテクノロジー、4.4 熱回収システム、4.5 ネットワーク Amazonで見る
  • 日本機械学会『伝熱工学(JSMEテキストシリーズ)』日本機械学会、2023年、第7章「伝熱の応用と伝熱機器」 Amazonで見る
  • 尾花英朗『熱交換器設計ハンドブック(増訂版)』工学図書、1974年(1994年 2版6刷)、第3部 第10章「熱交換器系の最適化」 Amazonで見る