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蒸留塔のスタートアップとシャットダウン|事故は起動時に偏る

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プラントの事故は定常運転中に起きるもの——そう思われがちですが、機器によっては違います。

ある調査では、熱交換器や分離器などの塔槽類は、定常時40%に対して起動時50%。起動時のほうが多い。異常処理用の安全システムに至っては起動時約90%です。

この記事は蒸留シリーズ「運転とトラブル」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。

この記事の結論

  • 塔槽類のトラブルは起動時に集中する。定常時より多いという調査がある
  • スタートアップは全還流で塔を立ち上げてから抜き出しを始めるのが基本形
  • 立ち上げの途中で必ず低負荷域を通る。設計時のターンダウンがここで効く
  • 起動停止の繰り返しは機器の疲労・劣化を早める。回数そのものがコスト

1. なぜ起動時に集中するのか

立ち上げの順序には理由がある

手元の資料に、機器別の事故がどの時期に起きたかの内訳があります。

機器定常時起動時その他
反応炉55%20%
圧縮機80%修理中 33%
熱交換器・分離器などの塔槽類40%50%停電 10%
ブローダウン・フレアなど安全システム約90%停止時 約10%

塔槽類だけが起動時に偏っています。理由は3つ考えられます。

  • 設計されていない状態を通る:定常運転は設計点があるが、立ち上げ途中の低負荷・空塔・液張り状態には設計点がない
  • 変化率が大きい:温度も圧力も液面も動いている。熱応力も、液の急激な移動も起きる
  • 手動操作が多い:自動制御は定常点の近くで働くように調整されている。立ち上げは人が判断する

安全システムが起動時に集中しているのも示唆的です。異常処理の設備は起動時に働いている——つまり起動時には異常が起きているということです。

※ このデータは1970年代の文献によるもので、比率そのものを現在にそのまま当てはめることはできません。ただし「塔槽類のトラブルは起動時に偏る」という傾向は、現場感覚とよく一致します。

2. スタートアップの基本形

塔槽類の事故は起動時に偏る

蒸留塔の立ち上げは、大きく次の順序をたどります。塔ごとに手順書があるはずなので、ここではなぜその順序なのかを押さえます。

  1. 気密・置換:空気を追い出す。可燃物を入れる前に酸素を抜く。減圧塔なら気密試験もここ
  2. 液張り:塔底とリボイラに液を入れる。リボイラの伝熱面が液に浸っていない状態で焚かない
  3. 昇温:リボイラを徐々に焚く。急に焚くと熱応力と突沸の危険。塔の温度分布ができるのを待つ
  4. 全還流:留出も抜き出しもせず、塔頂の凝縮液を全量戻す。塔の中に組成の勾配を作る工程
  5. 原料投入と抜き出し開始:温度分布が落ち着いたら原料を入れ、D と W を出し始める
  6. 負荷上げ:規格を確認しながら定格へ持っていく

4番目の全還流が蒸留塔らしい工程です。全還流は最小理論段数を与える運転、つまりその塔が出せる最高の分離です。製品は一滴も出ませんが、塔内に組成の勾配を作るには最も速い。

ここで焦って抜き出しを始めると、まだ濃縮されていない液が製品ラインに出ます。全還流で塔頂・塔底の分析値が落ち着くのを待ってから抜き出す——これが順序の理由です。

3. 立ち上げは必ず低負荷を通る

設計の話とつながるのがここです。どんな塔も、立ち上げでは必ず低負荷域を通ります。

蒸気量が定格の何割かしかない状態では、ウィーピングが起きます。トレイの穴から液が落ち、段が働かない。充填塔なら液負荷が下限を割ってぬれ不足になります。

だから立ち上げ中に「分析値が出ない」のは異常ではなく、低負荷域では塔が本来の性能を出せないというだけのことが多い。負荷を上げれば揃います。

問題は、その低負荷域がどこまで下なのかが設計で決まっていることです。ターンダウン比の狭い塔は、立ち上げに長い時間がかかるか、負荷を上げるまで品質が読めません。

仕様書に最低負荷を書く意味はここにもあります。「定格でしか動かない塔」は、定格に到達するまでが苦しい塔でもあります。

4. シャットダウンで気をつけること

停止側は起動の逆をたどりますが、蒸留塔特有の注意が3つあります。

  • 塔内には液が残る:トレイ上の液、ダウンカマーの液、充填層に保持された液。これらの合計(ホールドアップ)は無視できない量になる。抜き出し先と量を把握しておく
  • 冷えると凝縮して負圧になる:高温で密閉した塔が冷えると内部の蒸気が凝縮し、圧力が下がる。塔は外圧に弱いので、真空破壊の手当てが要る
  • 残液の変質:長期停止では塔底の高沸点分が重合したり、水分と反応したりする。次の起動で詰まりの原因になる

2番目は事故につながる典型です。圧力容器は内圧には強く、外圧には弱い。減圧塔でない塔でも、冷却によって負圧になれば座屈します。ベントや窒素導入の手順が停止手順に入っているか、確認する価値があります。

5. 起動停止の回数そのものがコスト

最後に、運転計画に関わる話です。

化学プラントは連続長期運転を前提に設計・製作されます。できるだけ一定した条件の操業が望ましい。起動して温度・圧力を標準操業状態まで上げたあと、不調や異常でまた止めて温度・圧力を下げる。これを繰り返すと何が起きるか。

  • 金属材料はもちろん、それを保護しているキャスター・煉瓦などの耐火物も伸縮し、疲労・劣化する
  • 機器の支持部・補強部も弱化する
  • 連結された配管の伸縮による変則荷重が加わる
  • 腐食性液の飛沫を溢流させ、塔・槽・配管を腐食させて肉厚減少から破壊に至った例もある

最後の項目が生々しい。停止・起動の繰り返しが、直接ではなく腐食を経由して破壊につながるという経路です。定常運転では液に触れない部分に、起動停止のときだけ飛沫が当たる。

参考までに、新規建設した30万t/年規模のアンモニアプラントで原料装入から生産開始まで平均45日、生産開始からフル操業まで平均34日かかったという記録もあります。立ち上げは長く、その間ずっと非定常です。

実務への含意はこうです。「一度止めて直す」という判断のコストには、停止と起動そのものが機器に与えるダメージが含まれている。運転を続けながら切り分けられることは、続けながらやったほうがいい。組成異常の切り分けで「止めなくても分かることを先にやる」と書いたのは、この理由です。

まとめ

塔槽類のトラブルは起動時に集中します。立ち上げは気密・置換 → 液張り → 昇温 → 全還流 → 抜き出し開始 → 負荷上げの順で、全還流は塔内に組成勾配を作る工程です。途中で必ず低負荷域を通るので、設計時のターンダウンが立ち上げの苦しさを決めます。停止側では塔内のホールドアップ、冷却による負圧、残液の変質に注意してください。そして起動停止の繰り返しは機器の疲労・劣化を早めるので、その回数そのものがコストです。

次の記事:塔の差圧を読む|汚れ・閉塞・フラッディングの見分け方

参考文献

  • 『プロセス設計シリーズ2 プラントの安全と公害対策』化学工業社 第1章「プロセス設計のための安全対策」(機器別の事故発生時期、緊急停止原因の責任区分、アンモニアプラントの立ち上げ日数、停止・起動の繰返しと機器の疲労・劣化)
  • 『プロセス設計シリーズ1 プロセス設計概論』化学工業社(スタートアップ・シャットダウンを考慮した設計)
  • 大江修造『絵とき「蒸留技術」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 2008 Amazonで見る

※ 事故発生時期の比率は1970年代の文献によるものです。傾向を読む材料として引用しており、現在の統計ではありません。